「もう遅いかもしれない。」
24歳でホストを始めた神楽 蘭さんは、
当時そんな焦りを抱えていたという。
昼職をしながら、睡眠時間を削ってホストに向き合う毎日。
結果が出る保証なんてなかった。
それでも「やるなら本気で挑戦したい」という気持ちだけは消えなかった。
プレイヤーとしてだけでは終わらない、蘭さんのリアルに迫る。
ーガムシャラで掴んだ代表という立場
ACQUA-Hiroshimaで代表を務める蘭さん。
ホスト歴はまだ4年未満。それでも、すでに代表という立場を任されている。
けれど本人は、自分のことを特別だとは思っていない。
「ほんまに、コツコツやってきただけです。周りに支えてもらったからここまで来れました」
そう語る姿は、驕りとは無縁だ。
一度会っただけの相手にも、すれ違えば自然と会釈をする。
年齢や立場を問わず愛される理由は、そういう人柄にあるのだろう。
ーどこまで行けるか挑戦したかった
ホストになる前は、メーカー営業として昼職をしていた。
一方で、知り合いのバーでも働いていたという。
夜職の世界に少しずつ触れる中で、「系列で店長をやらないか」と誘われたこともあった。
蘭さんは、それを断った。
「せっかく夜の仕事やるなら、後悔したくないなって思ったんですよね」
自分がどこまで行けるのかを試したかった。
その時に思ったのが、“挑戦するならホストだ”ということだった。
ー最初の1年は、まったく売れなかった
今では代表として名前を知られる存在になった蘭さん。
しかし、最初から順調だったわけではない。
「1年間、全然売れてなかったです」
転機になったのは、歌舞伎町で見た表彰式だった。
壇上に立っていたのは、同じACQUA GROUPの大樹社長。
しかも、自分と同い年だった。
「同い年なのに、なんでこんなに差があるんやろって」
そこから火がついた。
昼職を続けながら、ホストとしても出勤。
睡眠時間は1時間の日もあった。
「睡眠以外の時間、全部お客さんのために使ってました」
それが、蘭さんのガムシャラだった。
その積み重ねが、少しずつ結果に変わっていった。
レギュラーになってすぐ、表彰ランキング30位入り。
翌年には壇上へ。
「やっと、コツコツ努力してきたことが間違ってなかったんだなって思えました」
ー今は“広島から全国”を目指している
今の蘭さんは、プレイヤーとして歌舞伎町へ行くことだけを目標にはしていない。
まずは広島で店舗を持ち、全国へ広げていくこと。
「山陽本線を辿って、歌舞伎町まで進出させていきたいです」
広島という地方だからこそ、できることがある。
歌舞伎町のように競争が激しい街では、上を目指し続けるしかない。
でも広島には、“まだ誰も絶対王者になっていない”環境がある。
「広島で一番取って、名前が広まっていく。そのスピード感は地方の強みやと思います」
段階を踏みながら、大きくなっていく。
それが蘭さんの描く未来だ。
-ホストをやって、“新しい自分”に出会えた
蘭さんは、自分のことを「人と群がるのが苦手なタイプ」だと話す。
それでもホストを始めたことで、新しい自分を知れた。
「夜の世界で、新しい自分に会ってみたかったんですよね」
人に知られること。誰かに応援されること。愛されること。
今まで経験してこなかった感情を、ホストを通して知った。
「ホストやってて、後悔したことはないです」
その言葉に迷いはなかった。
ー熱い気持ちを持った子に来てほしい
ACQUA-Hiroshimaについて聞くと、蘭さんはまず“人”の話をした。
「みんな仕事に熱心なんですよね」
歴が長いから偉いわけじゃない。挑戦したい気持ちがある人が強い。
「俺がホストの世界変えてやる、くらいの破天荒な子が来てほしいですね」
ただ、それ以上に大事なのは“本気になること”。
どんな才能があっても、自分自身が本気にならなければ続かない。
だからこそ、熱い気持ちを持った人に来てほしいと話す。
最後に、これからホストを始める人へのメッセージを聞いた。
「思い立った時に、すぐ行動できる人が一番強いと思います」
「結局、思い立った時が人生で一番若い日なんで」
だからこそ、とことん挑戦してほしい。
“ガムシャラ”に走り続けてきた人間だからこその重みがあった。
24歳でホストを始めた時、蘭代表は「もう遅いかもしれない」と感じていた。
それでも、思い立った瞬間に一歩を踏み出した。
だからこそ今、代表という立場に立っている。
特別な才能があったわけじゃない。
ただ、“ガムシャラ”にやり続けた。